大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)5331号 判決 1992年6月29日
原告
秋岡驍
外二四名
同
赤沢好夫
外二四名
右訴訟代理人弁護士
徳井義幸
同
岩嶋修治
同
田窪五朗
同
並河匡彦
被告
株式会社高洋
右代表者代表取締役
山本留男
被告
三共運輸株式会社
右代表者代表取締役
西畑稔
被告ら訴訟代理人弁護士
山田忠史
同
山西克彦
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告株式会社高洋は別紙当事者(略)の表示(一)記載の原告らに対し、別紙請求債権(略)の表示(一)記載の各原告に対応する金員を支払え。
二 被告三共運輸株式会社は別紙当事者の表示(二)記載の原告らに対し、別紙請求債権の表示(二)記載の各原告に対応する金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 一、二項につき仮執行宣言
第二争いのない事実
一 当事者
1 被告らは生コンクリートの輸送を業とする。
2 原告らは全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(以下、関生支部という)の組合員であり、別紙当事者の表示(一)記載の原告らは、被告株式会社高洋(以下、被告高洋という)の従業員にして、関生支部港分会高洋班に、別紙当事者の表示(二)記載の原告らは、被告三共運輸株式会社(以下、被告三共という)の従業員にして、関生支部三共運輸分会に属している。
二 統一労働協約(以下、本件協定という)の存在
1 被告らと関生支部は、昭和五三年四月二六日、時間内組合活動及び組合役員等の組合活動による職場離脱に対する賃金保障等につき、次の「一九七八年賃金その他に関する協定」(以下、賃金保障協定という)を締結した。
イ 中央執行委員会及び地本執行委員会に出席する執行委員については所定時間内賃金を保障する。
ロ 執行委員会に出席する執行委員については月一回所定時間内賃金を保障する。
ハ 支部委員会に出席する執行委員及び委員については月一回所定時間内賃金を保障する。
ニ 分会執行委員会は月一回三時間以内の所定時間内賃金を保障する。
ホ 支部招集の教宣、組織、青年の各部会に出席する部会長及び委員については月一回所定時間内賃金を保障する。
ヘ 緊急必要性のある連絡用務及び労務の提供に影響を及ぼさない短時間の組合活動については、事前に会社と協議承認を得たものについては所定時間内賃金を保障する。
2 被告らと関生支部は、次のとおり、ストライキ、組合用務等のための不就労時間の取扱に関し、同五二年一二月八日、「賃金、労働条件統一に関する協定」を、同五五年六月二八日、「継続審議事項に関する協定」(週休二日制の実施に伴う変更、以下、本給カット協定という)締結した。
イ 賃金カットの対象は、基準内賃金(本給、大型給、住宅給)の内、本給のみとする(本給は基準内賃金の六割に相当する)。
ロ 賃金カット率は、一日につき本給×二一・七五分の一、一時間につき本給×一五二・二五分の一とする。
三 被告らによる本件協定の解約
被告らは関生支部に対し、同五九年七月六日付書面により、同年一〇月一〇日を以て賃金保障協定を解約する旨、又、被告高洋は同年一月二〇日付書面により同年四月二〇日を以て、被告三共は同年三月九日付書面により同年六月九日を以て、本給カット協定を解約する旨、通告した。
四 原告らに対する賃金カット
1 被告高洋は別紙当事者の表示(一)記載の原告らに対し、同六〇年三月一日から平成三年六月二〇日までの間、別紙一(略)のとおり、被告三共は別紙当事者の表示(二)記載の原告らに対し、昭和五九年一〇月一一日から平成三年六月二〇日までの間、別紙二(略)のとおり、賃金カット(ストカット・組合活動カット・専門部保障、以下、本件賃金カットという)した。
2 右ストライキ及び組合用務のための賃金カットは、一日につき基準内賃金×二一・七五分の一、一時間につき基準内賃金×一五二・二五分の一となっている(自己欠勤の場合の賃金カットは本給及び大型給につき右同率でなされる)。
五 分会協定の存在
関生支部三共運輸分会と被告三共間の同四八年六月二二日付二者協定、関生支部及び同高洋分会と被告高洋間の同五一年一一月二一日付三者協定(以下、両者を分会協定という)は、組合員が組合活動を行うことにより欠勤扱いにする等不利益な扱いをしないこと、組合員の身分、賃金、労働条件の変更等重大な影響を及ぼす事項は事前に組合と協議し、労使合意の上、円満に行う旨規定している。
第三争点(双方の主張)
(原告)
一 本件協定の効力
本件協定は、労働条件その他の労働者の待遇に関する基準、少なくとも右基準と密接且つ重大な関連を有する事項を定めたものであるから、規範的効力を有し、労働契約の内容となり、或いは労働契約の内容を規律する。
二 本件協定解約の実体的無効等
1 不当労働行為
(一) 本件協定解約は、被告らが、弥生会(大阪、兵庫の生コン会社が同五七年大セメントメーカーの意を受け関生支部に対抗するため結成した)の統一意思の下に、関生支部の組合運動弾圧を目的としなされたもので、合理性はない。
(二) 本件協定解約は関生支部の一部組合員が脱退した時点を狙って行われ、被告らは、本件協定解約後、組合用務及びストに対する賃金カット額を引上げ(自己欠勤の場合よりも大きい)、又、組合活動の保障を縮小する等の攻撃を強めた。
(三) したがって、本件協定解約は不当労働行為であり無効である。
2 分会協定違反
本件協定解約は分会協定に違反している。
3 権利濫用
本件協定解約は権利の濫用である。
4 労働契約違反
本件協定は規範的効力により、或いは長期間継続して履践されたことにより、労働契約の内容となっている。したがって、本件協定の解約によっても労働契約の内容は変更されない。
5 本件協定の余後効
本件協定解約が有効であるとしても、本件協定の規範的効力は余後効により存続している。
三 本件賃金カットの無効
以上によると、本件賃金カットは、本件協定の化体した労働契約、本件協定の規範的効力又はその余後効に違反し、無効である。
四 本件請求
よって、原告らは、本件協定の化体した労働契約、本件協定の規範的効力又はその余後効に基づき、本件賃金カット分の賃金の支払いを求める。
(被告)
一 本件協定の効力について
本件協定は、専ら組合に対する利益(便宜)供与を目的とし、従業者の労働条件等の基準を定めたものではないから、規範的効力を有しない。
二 本件協定解約の実体的無効等について
1 不当労働行為について
(一) 関西における生コン業界の労使関係は、労働側の相次ぐ指名スト、時限スト、出荷阻止闘争等(生コンの廃棄を余儀なくされ、操業停止を招く)により、経営側が譲歩に譲歩を重ね、極めて異常な様相を呈する状況にあり、本件協定はその産物であった。賃金保障協定が組合に対し過剰な経費援助を与えるものであることは明らかであり、本給カット協定も、・賃金カット対象が基準内賃金の六割に過ぎない本給のみであることに照らすと不合理であることは明らかである。昭和五八年の春闘時、経営側において、労働側のスト体制戦術(出荷態勢に入ればストをするとの予告)により、長期間、操業停止に追込まれながら本給カットすらできない状態が出現するに及び、弥生会に属すると否とを問わず、正常な労使関係の回復を目指すようになったのは事の必然であり、本件協定解約はこのような背景の下になされたのである。
(二) 被告らを含む弥生会は、本件協定解約前、関生支部との間で、本件協定解約について団交、事務折衝をなし、解約後、賃金保障問題について二回団交をなし、又、賃金カット問題についても団交に応じる旨告げている。
(三) したがって、本件協定解約は不当労働行為に当たらない。
2 分会協定違反について
(一) 本件協定は、分会協定のいう組合員の身分、賃金、労働条件等を定めるものではない。
(二) 分会協定は規範的効力を有さず、仮に、分会協定違反があっても、本件協定解約の効力に影響はない。
3 権利濫用について
本件協定解約は労使の正常な関係の回復を目的とするものであり、正当である。
4 労働契約違反について
本件協定は賃金等の労働条件に関わるものではないから、労働契約の内容となることはあり得ない。
5 本件協定の余後効について
本件協定は規範的効力を有しないから、余後効を考慮する余地はない。
三 本件賃金カットの正当性
本件協定は規範的効力を有しない上、有効に解約されたのであるから、本件賃金カットは正当である。
よって、原告らの請求は失当である。
第四判断
一 本件協定の規範的効力
1 労働協約の規範的効力
労働協約中、個別の労働契約を全体的に規律する目的で、労働条件その他の労働者の待遇(労働提供についての諸条件と処遇)に関する一般的且つ具体的な準則を定めた条項(以下、労働条件条項という)は、労組法一六条により、規範的効力を付与され、労働契約を法規範的、即ち、優越的且つ外在的に規律するが、労働契約の内容となるものではない。
2 賃金保障協定は、組合幹部の行う組合活動等に対し便宜を供与するものに過ぎず、組合員一般に対する労働条件条項を定めたものではないから、規範的効力を有せず、本件賃金カットの専門部保障部分を無効ならしめるものではなく、又、賃金保障協定を根拠に、右賃金カット分の賃金を請求することはできない。
したがって、原告らの右請求部分は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
3 本給カット協定は、組合活動を巡る規定であり、固有の意味の労働条件その他の労働者の待遇に関する規定ではないが、個別の労働契約を全体的に規律する目的で定められた一般的且つ具体的な準則というべきであるから、規範的効力を有すると解される。
二 本給カット協定解約の効力
1 不当労働行為及び権利濫用について
労働協約の解約に特別の解約理由は不要である。被告らは弥生会に属する他の経営者と共に関生支部の組合運動に対抗するため本給カット協定を解約したが、特に関生支部の分裂、団結の弱体化を画策していたと認めるに足りる証拠はない。被告らによる本給カット協定解約後の新基準に基づくスト及び組合用務のための賃金カットが本給カット協定に基づく賃金カットより不利になったとか、不当労働行為性を有するという場合、新基準による賃金カットそれ自体の効力は問われるべきであるが、そのことの故に、直ちに本給カット協定解約も不当労働行為又は権利濫用に当たるとは即断できない。
2 分会協定違反について
分会協定(<証拠略>)の内、労働条件等の変更に関する規定(二項)は、個別の労働契約の変更に関する規定であり、一般的な労働協約解約の場合に適用されず、又、組合員が組合活動を行ったことにより不利益取扱しないとの規定(六項)は規範的効力を有せず、本給カット協定解約の効力を左右しないと解される。
3 労働契約違反について
前説示(一1)のとおり、本給カット協定が個別の労働契約の内容となっているとは解されない。又、労働協約に基づく有効な賃金カットについて労使慣行の成立を云々する余地はない。
4 余後効
以上によると、本給カット協定解約は有効というべきである。そして、本給カット協定が解約された以上、その余後効は認められない。
5 したがって、本給カット協定の化体した労働契約、本給カット協定の規範的効力又はその余後効を根拠とする原告らの請求は理由がない。
三 よって、原告らの請求は理由がない。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 野々上友之 裁判官長谷部幸弥は転任のため署名、押印できない。裁判長裁判官 蒲原範明)